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伊達家家臣伊達成実に関する私的アーカイブ

総合目次

【ご挨拶】 はじめまして。[sd-script]です。管理人:慶と申します。 こちらは、戦国〜江戸初期の伊達家家臣&ライター武将【伊達成実】(だて・しげざね)に関する趣味の考察ブログです。 「史実」の伊達成実に関するあれこれ(主にかれの著作について)の…

北海道の成実生誕450年関連イベント【追記あり】

能「摺上」上演 政宗の次は成実の生誕450年!ということで北海道伊達市にてイベントが行われるそうです。 何があるのかな〜と思いきや!能です!しかも「摺上」!! 成実がシテ(主人公)で合戦を語る能!! 語り部であり、伝える人である成実の生誕450年に相応…

『伊達日記』群書類従版・目次

『伊達日記』群書類従版・目次 解題 伊達日記(合戦部22 巻第390)第21輯 (群書解題第4巻 続群書類従完成会『伊達日記』解題(遠藤元男)より抜粋) 戦国時代後期の伊達氏を中心とした戦記物。三巻。 【書名】作者の名をとって「伊達成実記」とも「伊達成実…

忠宗の心配-成実晩年の容態について-

義山公治家記録の成実の隠居・死の記事を読んでいて、そういえば亘理伊達家史料集に忠宗からの優しい手紙がいくつかあったな、と思いだし、改めてきちんと訳しながら読んでみました。 これがとっても優しい文言にあふれてて素晴らしいのです。 時系列を追っ…

『政宗公御軍記』1-1:正宗公十八の御年、御家督御継ぎなされ候事

『政宗公御軍記』1-1:政宗公が18歳の時、家督を継がれたこと 原文 伊達大守輝宗公御代は、佐竹・会津・岩城・石川、何れも御一門中間にて御入魂に候。右の御大名衆、数年、田村へ御弓矢なされ、田村清顕公御手詰に罷成候。正宗公の御舅に御坐候へども、輝宗…

『政宗公御軍記』軍記類纂版

『政宗公御軍記』軍記類纂版 改題 政宗公御軍記 二巻 本書は、伊達政宗が、奥州に於ける軍事を記したものなり。内容は、政宗十八歳にして家督を継ぎ、付近の大名を切従へ、数度の合戦に勝利を得、結局政宗一人、威を東北に振ふ次第を記したり。此の書、黒川…

北海道の成実生誕450年関連いろいろ

心の伊達市民制度の案内が来て知ったのですが、開拓記念館改めだて歴史文化ミュージアムの開館が今年秋予定だったのが、来年春に延期してしまったそうです…(しかもそれ10月の記事だった…)。 あ、秋にいくはずだったのに!と思っていたら、複数のフォロワー…

『政宗記』3-11:黒川月舟死罪逃れらる事

『政宗記』3-11:黒川月舟斎が死罪を逃れたこと 原文 今度大崎との戦に、伊達の勢不手際なるは、黒川月舟逆心の故也。政宗重ねては先、月舟居城の黒川を押倒し、其れより大崎をと思はれけれども、大崎と取組玉へば、跡の如く佐竹・会津・岩城・白川、各本宮…

『政宗記』3-10:永江月鑑死附弾正誓紙

『政宗記』3-10:長江晴清の死と弾正が誓紙を提出したこと 原文 去ば月鑑は、相馬義胤の子舅なり、故に大崎下新田の合戦にも、月鑑人数は玉なしの鉄砲を打。此のこと政宗聞給ひ、居城の深谷は大崎境、況や義胤縁者といひ、亦も逆心危しとて、先秋保摂津守と…

『政宗記』3-9:最上より大崎へ使者の事

『政宗記』3-9:最上から大崎へ使わされた使者のこと 原文 最上義顕より野辺沢能登と云臣下を、大崎の蟻ヶ袋へつかはし給ひ、月鑑に対面して何と語りけるやらん、月鑑をば本の深谷へ相帰し、安芸一人能登同心して、小野田の城代玄蕃・九郎左衛門と云両人に渡…

『政宗記』3-8:月舟訴訟之事

『政宗記』3-8:黒川月舟斎の訴えのこと 原文 去程に伊達の二陣、上野・伊豆を始め、師山の南の畑に控へたりしが、先陣の者ども通り過して引付けんとて、先へ押通らんと進みけれども、切所の橋を引れ通りけること叶はず。あまつさへ桑折・師山両城の敵共、前…

あけましておめでとうございます!

もう三が日はあっという間に過ぎ、明日は七種がゆですが、おくればせながらあけましておめでとうございます。 昨年は政宗生誕450年、ということは今年は成実生誕450年です。 なんらかのなにか(それはなんだ)が予定されているということなので、狙って北海…

2017秋仙台【大政宗展】

秋になって大政宗展が開かれています。 展覧会案内|仙台市博物館前期と後期とで展示が分かれており、リストを見ると、結構成実宛書状などが入れ替わっていたので、展示が切り替わる10月30日の前後、29から31に行くことにしました。 生誕450年です。あと50年…

心の伊達市民制度について

お久しぶりです! 今年に入ってほっとんど更新してなくてすみません!飽きたとかではなくて、春からだらだらと続いた(そしてまた秋になって突入した)体調不良と、文字打ちと訳をする時間がなかなか取れなかったため、更新できなかったんです…(そして今回…

政宗生誕450年イベント

今年は2017年。1567年生まれの政宗の生誕450年イベントが行われるそうです。 わかったらイベント順にこの記事にリンクしていこうと思います。 3/20に行われるイベント。 「伊達政宗公生誕450年記念プロモーションキックオフセレモニー」の開催について(終了…

『政宗記』6-11:猪苗代弾正望附新国上総降参事

『政宗記』6-11:猪苗代弾正盛国の望みと新国上総の降参 原文 去ば知行判之割、右にも申す弾正忠節の始より、望の勧賞一紙に書立差上けるは、 一 会津御手に入程ならば、北方半分を下置るべき事。 一 猪苗代を持兼、伊達へ引除候はば、三百貫の所、堪忍分を…

『政宗記』6-10:会津にて知行判之事

『政宗記』6-10:会津で知行割りをしたこと 原文 斯て義重、田村の領内大平を攻落し給ふと云ども、其後別の手際もなく、況や次男義広は、会津を鈍性し給ひ、彼是無手際にて、同年の七月二十日に帰陣し給ふ。扨常隆も帰陣坐す。是に依て伊達より、田村へ遺し…

『政宗記』6-9:会津家老忠節事

『政宗記』6-9:蘆名の家老たちの寝返りのこと 原文 かかりける処に、三橋在馬の中、会津の家老富田美作、平田不休・同名周防・彼三人、「今度御忠節の其賞に、某とも前々持来ける本領は申すに及ばず、三人へ備付の与力の身代相立てられ下さらはんや」と申す…

『政宗記』6-8:田村警固事

『政宗記』6-8:田村領の警固のこと 原文 されば右にも申す、同年五月より、義重須賀川へ打出かふか、政宗三橋在馬の内、義重、常隆へ云合せ、南筋より働き給ふと聞へ、伊達より田村へ加勢として、大町参河・中島右衛門・宮内因幡を遣し給へり。義重田村の大…

『政宗記』6-7: 摺上合戦

『政宗記』6-7:摺上原の戦い 原文 去程に六月五日の卯刻に、万づ評定し給ふべきとて、各猪苗代の城へ召寄給へば、「会津より働なり」と申す。「昨日も働と申程に、新橋迄景綱・成実出けれども、偽なり。今回も其分ならん」と申しければ、弥人数見けりと云、…

2016秋亘理白石秋保/瑞巌寺と政宗展

10月10〜12日と、Fさんとはらこ飯ツアーに行ってきました! 今回の目的ははらこ飯食べること!佐勘に泊まって古文書や鎧見ること!でした。おなじみの悠里館! でも今回ははらこ飯がメインです! 新聞で読んだAら浜さんに行こうと思っていたのですが、50組待…

2016初秋北海道

9月3~5日、北海道に行ってきました!何年ぶりか忘れていましたが、三年ぶりでした! 実を言うと、「次に行くのは(記念館の改修がおわるという)2018年かな〜」とずっと思っていたのですが、「2018年まで待てないね…」ということで、いつも一緒に旅行して下…

『政宗記』6-6:常隆小野より佐竹・会津に進事

『政宗記』6-6:岩城常隆、小野から佐竹・会津に進んだこと 原文 同三月、常隆田村の小野より、佐竹・会津へ打出給へと進め給ふ、両大将此義にうなづき、五月廿八日に岩瀬の郡須賀川迄馬を出し、三家の相談にて、政宗領分田村へ働くべしと云へり。政宗是を聞…

『政宗記』6-5:宇田新地駒ヶ峯出城

『政宗記』6-5:宇多郡新地・駒ヶ嶺城の開城 原文 同五月、常隆は田村の小野に在陣、義胤も同内岩井沢と云所に御坐。相互の評定にて田村の中を働き給ふ。是に依て田村へ伊達よりの警固に、大条尾張・瀬上中務・郡摂津守三人、遣し給ふと云ども、義胤尚も働き…

『政宗記』6-4:阿久ケ島出城附高玉落城

『政宗記』6-4:阿久ケ島出城と高玉の落城 原文 同四月、片平助右衛門申合の手切に付て、政宗米沢より出られけるに、信夫の大森へ田舎道八十里なれども未痛給ひて、山中なれば乗物も相叶はず、日懸には成兼、二十二日には板屋と云処に一宿し給ひ、二十三日に…

2016夏塩竈松島大崎八幡亘理

今年あまりにも東北いけてないので、我慢ができなくなり、見たい講座に合わせて休みとって行ってきました! いつも同行してくださるTわしさんと一緒です! 初日 今回は塩竈に行ってみよう〜ということで、まず仙石線で塩竈神社へ。階段こええ。 塩竈神社に神…

『政宗記』6-3:大越紀伊守生害之事

『政宗記』6-3:大越紀伊守が殺されたこと 原文 同四月、常隆小野におはす中、大越紀伊守思ひけるは、「只今まで岩城を頼むと雖ども、小野・大越の抱岩城より未果しては成り難く、然らば、政宗へ背き末の身上大事に思ひ、伊達へ忠をなさん」とて、三春に本田…

『政宗記』6-2:片平手切附岩城手切事

『政宗記』6-2:片平親綱の手切れと岩城の手切れ 原文 同三月、政宗宣ひけるは、「痛未だ十分には無れども、助右衛門申合の手切、程延ける事如何なれば、出ける事は叶はずとも、先手切せよ」と宣ふ。故に同十六日と申合、其旨米沢へ申ければ、助右衛門手切の…

『政宗記』6-1:政宗落馬附片平忠節

『政宗記』6-1:政宗の落馬と片平親綱の内応 原文 去程に、天正十七年己丑の正月、政宗二十三の時、落馬し玉ひ足を打折給へり。然ども療治を以て平愈為すと雖も、未痛み玉ひて馬を出される事相叶わず。是に付て、片平助右衛門申合の手切も相延ける也。同月助…

特産品の通販サイトなど

宮城県亘理町 minnano-watari.com 北海道伊達市 心の伊達市民 | 北海道伊達市去年心の伊達市民制度でホタテとコーンスープ頼んだらめちゃうまなのが来たので、今年も頼もうと思っております。 亘理のイチゴ「もういっこ」頼んでみたのですが(あと仙台在住の…