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伊達家家臣伊達成実に関する私的アーカイブ

『伊達日記』群書類従版

『伊達日記』64:鹿俣落城

『伊達日記』64:鹿俣落城 原文 一片平助右衛門事切に付。常隆公三月廿四日小野の地へ御出馬成られ候。小野御越の間に鹿俣と申候城は田村奉公の地に候。常隆公近陣成られ候。小野大越近候間田村より手越に候間。助も成らぬ地形候。六七日相抱候へども罷成ら…

『伊達日記』63:岩城常隆の出陣

『伊達日記』63:岩城常隆の出陣 原文 一政宗公御足の御痛大形平愈なされ候に付。片平助右衛門に事切仕候様に申遣べき由御意に候間其通申越候処に。三月十六日に事切仕候由申越候條。則米沢へ申上候。助右衛門手切之儀岩城へ聞え。常隆公仰され候は。郡山表…

『伊達日記』62:片平親綱との約束

『伊達日記』62:片平親綱との約束 原文 一片平助右衛門二月廿日比飛脚を越申され候而。少用候間会申度由申され候間。其通小十郎所迄申宣候所に。御意を得られ候へば尤早々参申すべき由御意候由申越され候間。片平へ飛脚を越候而参会申すべき由申候に付。即…

『伊達日記』61:政宗の骨折

『伊達日記』61:政宗の骨折 原文 天正十七年正月之末政宗公御落馬成られ御足を打折られ候。御養生候而御足は付候へども。御痛にて御出馬抔成らるべき体に之無き候故。助右衛門事切弥相延候。 語句・地名など 現代語訳 天正17年正月の末、政宗は落馬され、足…

『伊達日記』60:片平親綱の寝返りについて

『伊達日記』60:片平親綱の寝返りについて 原文 一極月始小十郎より状を越申され候而。我等申候通申上候へば。御尤に思召され候間片平助右衛門召出され。御再乱成らるるべき由御意に候間。助右衛門所へ申ことはり然るべき由申され候條返答に候。大内備前御…

『伊達日記』59:成実の意見

『伊達日記』59:成実の意見 原文 一奥州の作法にて御無事御扱候衆へ双方従り御礼仰られ候に付。片倉小十郎を岩城へ御礼指越され候。罷帰られ候砌我等大森へ罷越。小十郎に岩城の様子相尋候へども。小十郎申され候は。小野大越本意背き岩城を頼入候故。上下…

『伊達日記』58:田村の仕置

『伊達日記』58:田村の仕置 原文 一御北様も舟引へ相移され。孫七郎殿も三春の城へ御うつり候條。米沢御帰城成らるるべき由思召され候処に。月斎。刑部少。小十郎へ申され候は。今度義胤三春を御取有べき由思召られ候ば。牢人衆へ申合され候故普代衆も多分…

『伊達日記』57:三春の代理

『伊達日記』57:三春の代理 原文 一八月十九日田村月斎。梅雪。右衛門大夫。橋本刑部少。宮森へ参られ申上られ候は。今度義胤三春を御取有度由思召され候ば。本丸に御北様御座候故仰合され候。兎角御北様を御隠居も御申成さしめ。政宗公御若君御出候迄誰ぞ…

『伊達日記』56:泉田安芸の帰還

『伊達日記』56:泉田安芸の帰還 原文 一最上とは御弓矢に候へども。相捨られ御対陣成られ候処に。最上より伊達への弓矢成間敷と思召され候哉。政宗公御老母は義顕公御姉にて候。御東の上と申候。義顕公より御内証も候哉。御東の上最上境中山と申す所へ御出…

『伊達日記』55:窪田合戦

『伊達日記』55:窪田合戦 原文 窪田にも外やらい成られ然るべき由にて。窪田の川を外に成られ堀をほり。土手上垣を御ゆわせ候。其やらい番仰付られるべき由にて人数持申され候衆鬮取に仰付られ候。浜田伊豆。富塚近江。原田左馬助。遠藤文七郎。片倉小十郎…

『伊達日記』54:郡山合戦

『伊達日記』54:郡山合戦 原文 一天正十六年六月十日比佐竹義重公。会津義広公仰合られ。岩城常隆公の人数五百騎御加勢。彼是安積へ御出馬候。政宗公聞召され。高倉か本宮へ働かしめられるべき由思召され。十二日宮森を御立二本松の杉田へ御馬を移され候。…

『伊達日記』53:大越紀伊退治の訴え

『伊達日記』53:大越紀伊退治の訴え 原文 田村月斎。梅雪。右衛門大輔。橋本。宮森へ参られ。小十郎。伊藤肥前。原田休雪を以申上られ候は。大越紀伊守事始より田村へ出仕仕らず。今度の謀逆も止候。彼二人引こもり居申候。彼城を取消され候様に仕度由申上…

『伊達日記』52:田村衆の参上

『伊達日記』52:田村衆の参上 原文 月斎。刑部少は申に及ばず。梅雪。右衛門大輔其外相馬へ申合候衆も表立候衆の分宮森へ参。石川弾正御退治成られ。田村迄かたまり目出度由申上られ候。其内常盤伊賀守各相談の砌伊達へ頼入るべき由申出候付。何も其に落居…

『伊達日記』51:相馬の田村攻め失敗

『伊達日記』51:相馬の田村攻め失敗 原文 相馬義胤築山に御座候間、其内弥田村衆申合られ御北様へ御内談と相見え候。五月十一日義胤従御使之由申候て。相馬家老に候新館山城。中村助右衛門と申者三春へまいり。其夜町にとまり申候。いづれも下々に申唱候は…

『伊達日記』50:田村の内談

『伊達日記』50:田村の内談 原文 田村にて内々色々申分共候。月斎。刑部少申せられ候は大森に政宗公御在馬成られ。築山に義胤御座候。兎角羽方の衆を入申事いかがに候間。伊達衆。相馬衆ともに如何様の御用候共入申間敷梅雪。右衛門太補其外表立候衆へ相談…

『伊達日記』49:高倉への視察

『伊達日記』49:高倉への視察 原文 一大森に御在馬の内。高倉近辺を御覧成らるるべき由御意にて。五月十五日帰に前田沢迄御出。城之内迄御覧成られ候。我等は御馬を存ぜず。本宮にて追付御供仕候。 語句・地名など 現代語訳 一、大森にいらっしゃったあいだ…

『伊達日記』48:月斎・刑部少輔の訴え

『伊達日記』48:月斎・刑部少輔の訴え 原文 一田村衆相馬へ申合られ候衆も。尤伊達へ御奉公の衆も石川弾正逆心仕候間。政宗公御出馬成られるべき義存ぜられ候へども。一切其沙汰之無きに付。月斎。橋本刑部少。白石若狭を以米沢へ申上られ候は。弾正逆心仕…

『伊達日記』47:再びの本宮合戦

『伊達日記』47:再びの本宮合戦 原文 一四月五日之晩大内備前不図懸入候に付而。会津衆安積へ罷出られ、須賀川へ申合働候由其聞候に付。片倉小十郎大森に居申され候間左右を申候処に。則二本松へ罷越され信夫の侍早早罷越べき義申触られ候へども。俄故か一…

『伊達日記』46:田村家の内情

『伊達日記』46:田村家の内情 原文 一天正十四年霜月清顕公御遠行以来。三春の城に御北様御座成られ候。万事の差引田村月斎。同梅雪。同右衛門大夫。橋本刑部少。此四人に候。其比は政宗公御夫婦間然無く候。内々御北様御うらみに思召され候。月斎。刑部少…

『伊達日記』45:石川弾正について

『伊達日記』45:石川弾正について 原文 一四月十五日に石川弾正。西と申所白石抱の内草を入。其身も罷出しこみに居候。早朝に内より一両人罷出候ものを打候。城中より出合候処に弾正助合戦へ追入取付責候。鉄炮しきりにきこへ候間。白石若狭助合候而弾正見…

『伊達日記』44:定綱の御目見得

『伊達日記』44:定綱の御目見得 原文 同年三月廿三日玉の井の合戦過帰候処に。大内備前。片平助右衛門罷出られ候を相待べき由申され候。片倉小十郎二本松に逗留申され候処に。かち内弾正申大内備前甥。小十郎所へまいり候而。備前今夜本宮へ参られ候。明日…

『伊達日記』43:高玉太郎左衛門の戦い

『伊達日記』43:高玉太郎左衛門の戦い 原文 天正十六年三月一二三日頃我等抱の地玉の井高玉より山ぎはに付て西原と申候。四五里玉の井よりへだたり候所へはいくまを越候処に。玉の井の者ども無調儀に遠追候間。又草を入罷出候を見申候て押切を置討取たくみ…

『伊達日記』42:大内兄弟との駆け引き

『伊達日記』42:大内兄弟との駆け引き 原文 天正十六年二月十二日片平。阿子島。高玉三ヶ所の人数を以大内備前苗代田へ未明に押懸。古城に居候百姓共百人計相果候。本内主水と申者物主に指置候を切腹致させ放火申され候間。太田荒井の者ども亦玉の井へ引籠…

『伊達日記』41:大内定綱の望み

『伊達日記』41:大内定綱の望み 原文 天正十五年最上。大崎は御弓矢に候へども、安積表は先御無事分にて候。苗代田。太田。荒井三ヶ所は私知行に候。敵地近候へども御無事に候間。何れも百姓どもを返し在付候。苗代田は阿子ヶ島高玉の敵城に近候間。古城え…

『伊達日記』40:月舟斎のその後

『伊達日記』40:月舟斎のその後 原文 黒川月舟逆心故、大崎の御弓矢思し召され候様に之無きに付き、内々月舟を御退治成られ、大崎へ御働なるるべきと思召候へども、佐竹、会津。岩城、石川、白川打出本宮迄働候間、大崎御弓矢に取組れ候はば、亦彼大名衆御…

『伊達日記』39:氏家弾正の死

『伊達日記』39:氏家弾正の死 原文 一氏家弾正親三河、子共にも違大崎義隆へ奉公仕、名生の城に居候。城をいだき義隆へ奉公仕候。政宗、弾正にも御疑心の間度々起證文を上異義無き由申上候。聞召届けられ候故、御横目に小成田惣右衛門を申請候処に弾正病死…

『伊達日記』38:長江月鑑斎の死

『伊達日記』38:長江月鑑斎の死 原文 一深谷月鑑は相馬長門小舅に候。下新田に於いても月鑑手前の者共玉無鉄炮を打候由政宗公聞召され、深谷は大崎境に候。相馬へも縁辺逆意の儀尤の由思召され、秋保摂津守に預置かれ切腹仰付けられ候。 語句・地名など 現…

『伊達日記』37:最上義光について

『伊達日記』37:最上義光について 原文 一義顕公。政宗公伯父にて候へども、輝宗公御代にも度々御弓矢に候。然共近年は別而御念比に候。義顕公大事の人にて洞にて大臣兄弟両人共に切腹仰付られ候。政宗公二本松塩の松御弓矢強。佐竹、会津、岩城、石川、白…

『伊達日記』36:最上からの使者

『伊達日記』36:最上からの使者 原文 一、最上より義顕、野辺沢能登守と申衆を蟻が袋へ遣はされ候而、能登守月鑑に会候て何と申合候哉。月鑑は深沢へ帰。安芸守は小野田へ同心申。小野田の城主玄蕃、九郎左衛門両人へわたし申され候。其夜能登守、泉田宿へ…

『伊達日記』35:月鑑と安芸

『伊達日記』35:月鑑と安芸 原文 一百々鈴木伊豆守、古川の北江左馬丞中途へ罷出新沼へ使を越、大谷加沢呼出候而申候は、泉田安芸守と深谷月鑑両人人質に相渡され候はば、諸軍勢は除為しめ申べき由申候。大谷賀沢引こもり其由申候処に、泉田安芸守家中溜村…