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伊達家家臣伊達成実に関する私的アーカイブ

『名語集』著者についての疑問点(作成途中)

読んでて、筆者の存在を感じるところを上げてみます。備忘メモ。順次増やしていきます。

序:…いにしへの一人二人も、同座のとき、語り慰むためにばかりにて候なり。

明確に「老臣」である著者の姿が見える。

17:…上杉弾正などいふ…

上杉景勝のことを「上杉」といっています。当たり前といえば当たり前ですが、成実は天文の乱からの因縁の所為で、寛永年間になっても(70年以上経っても)、永禄年間に上杉家を継いだ長尾系の上杉家のことを基本的に「長尾」と書き記します(『政宗記』『伊達日記』他)。ので、写本過程で訂正されたのでないかぎり、この項は成実が書いた物ではないと思われます。

29:…御若き時より、終に横にならせられ候事仮初にも御座なく候と、古き者ども申しとなへ候。
近頃はいよいよ拝み奉らず。…

昔から仕えてる人たちがこういってた…とある。この箇所は「老臣」ではない(やや若年?)筆者の存在を感じる。

52:…かりそめの御咄にも、高麗・唐土・天竺・震旦を御引きかけ、聖人・賢人の詞をまじへ、仰せられしかども、わが身数ならぬ身なれば、一つとしておぼえず、有りのまま、わが口に出づるのみ書き申し候。心有る人覚え給わん。

豊富な政宗の話題についていけてない自分をやや哀しみつつ、思い出してるところ。著者に教養がないわけではなかったのだろうが、政宗とは興味の傾向が違ったのだろう。

跋文全体的に

時代の移り変わりへの郷愁、若年者や変わる時代への嫉妬などがそこここに感じられ、やはり「老臣」の存在を感じる。そして共有する若年期の思い出などから、若年期から近侍した家臣であったことがわかる。ただ何度も指摘されているように、やや文章が恋慕に過ぎる。男性がこの文章を書くか?という疑問がある。