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伊達家家臣・伊達成実に関する私的資料アーカイブ

『名語集』52:諸芸に達す

52:諸芸に達す(諸芸に通じる)
下線のあるところは上手く訳せないところ。ご助言いただけたら幸いです。

原文:
一、第一の御心がけは武具なり。朝夕めづらしきを添へなされ、ふりたるを捨てたまはず。御家中も上をまなぶ習なれば、かなはぬまでも、武具・馬具のたしなみ仕り候。よくよくかなはぬ者には、したて下され、「男道昼夜心がけよ。忠孝油断すれば、天道にそむくものぞ」と仰せられ、高下なく、民百姓まで、御あはれみなされ候。され又、「老若共に、成らざるまでも、文を心がけよ。文は理を明かし、忠孝の道なれば、人々学ばでかなはぬ道なり。文武の道は捨つべからず。専らたしなむべし」と、仰せられ候。御前にて、ふだんの御もてあそびには、御物書衆、儒者を召しては、其の道々を御尋ね、仏法・王法には、僧衆も詞を失ひ、詩、連句をあそばして、名を得たる和尚たちへ遣さるるに、一字の直しもなし。御手跡またよろしくして、他家にも掛物にす。歌道にも達したまひ、折ふしの御詠を集め、近衛殿へ御点取りに遣され候へば、たまたま一字二字御直しの外なし。公家方にも多くはあらじと、御感あり。御馬は申すもおろかなり。御鉄砲は、一夢の秘事を相伝なされ、下げ針、翔鳥もかたからず。其の外、御物好、御数寄の道、乱舞は世間の上手、面を恥づ。上様にかくれなし。花を立て、香をたき、茶の会、楊弓、鷹の道、料理の道も暗からず、御細工、又比類なし。されば、野人村老のもてあそぶ事、一つとして御存じなしといふ事なし。明暮は文字を御嗜み、占形の道は、軍法の用たりとて、諸人、舌をふるひ申すほどなり。雨の夜、雪のあしたには、御宿直人めしあつめ、詩歌文武、国中の御まつり事にのみ、日を暮し夜をあかし給ふ。或は雄島、塩竃、木下、宮城野、名取川、名所たる所には、御仮屋の御殿、善尽し美尽し、建ておかせられ、年に一度二度も御出なされ候て、御酒宴の御遊さまざま書くに暇あらじ。只折ふし承り、耳にとままりし事のみ、十に一つ二つ書付け申し候。かりそめの御咄にも、高麗・唐土・天竺・震旦を御引きかけ、聖人・賢人の詞をまじへ、仰せられしかども、わが身数ならぬ身なれば、一つとしておぼえず、有りのまま、わが口に出づるのみ書き申し候。心有る人覚え給はん。

現代語訳:
一番の心がけて準備しなくてはいけないのは、武具である。日々新しい情報を加え、古い情報をお捨てにならない。御家中も上を真似る風習であるので、かなわないまでも、武具や馬具の用意をし申し上げる。十分にできない者には、こしらえてくださり、「武士道をいつも心がけよ。忠義と孝行は注意を怠れば、自然に定まっている理に背くものであるぞ」とおっしゃられ、身分の上下なく、民百姓までいつくしみなされた。
そしてまた「老いた者も若い者も、できなくても、文の道を心がけよ。文の道は、道理を明らかにし、忠孝の道なので、人々は学習しようとしなければ、かなわない道である。文武の道を放棄してはいけない。ひたすら心がけて修行しなさい」とおっしゃられた。御前で、普段のご趣味としては、書物衆や儒者をお呼びになっては、その分野についてお聞きなされ、宗教・政治については、僧侶たちも言葉を失う。詩や連句をつくって、有名な和尚たちへ送ったものに、一字の直しもない。筆蹟はとてもよくて、他の家で掛け軸にされているぐらいだ。
歌道にも通じていて、季節季節に詠われた和歌を集めて、近衛信尋殿に採点に出すのだが、偶然一字二字を直されるだけである。公家の皆様にも多くはないだろう、と感動なさる。乗馬は申し上げるのも馬鹿馬鹿しい(ぐらい上手い)。鉄砲にかんしては、一夢の免許皆伝を受けており、つりさげた針や飛ぶ鳥を撃つことも難しくない。その他物事に趣向を凝らすこと、数寄の道、舞は、世間の上手いと言われている人たちが恥じるほどである。政宗の知らないことはない。立花・香・茶会・楊弓・鷹遊び・料理の道にも明るい。手先を使って細かいものを作るのも非常に上手かった。田舎に住む老人のすることで、ひとつとして知らないことはなかった。朝と晩は文章をお書きになり、占いの道は、軍法で使うので、たくさんの人がお話申し上げるほどである。雨の夜や、雪が降る朝には、宿直の者をあつめ、詩歌や文武のこと、国中の政治のことについて日を過ごし、夜を明かしなさった。
或いは雄島・塩竃・木下・宮城野・名取川などの名所であるところには、仮の御殿をお建てになり、年に数回行かれて、酒宴をいろいろと行われた。詳細を書く暇がないぐらいである。ときどきお聞きし、耳にとまったことのみ、十に一つか二つを書き付け申し上げただけである。
ちょっとしたお話にも、朝鮮や中国やインドやチベットの話を引用し、聖人や賢人の言葉をまじえてお話していただいたのだが、自分がとるにたりない者なので、ひとつとして覚えていない。ありのまま、自分の口に出ることだけおかき申し上げました。ものの道理をわきまえた人は覚えているのだろう。

メモ:
仏法・王法(ぶっぽう・おうほう):仏の道と、国の法(政治)。
楊弓(ようきゅう):遊戯用の小さな弓。約85センチの弓に約27センチの矢をつがえ、座って射る。江戸時代から明治にかけて民間で流行した。もと楊柳(ようりゅう)で作られたのでこの名がある。
野人(やじん):田舎の人。
村老(そんろう):村の老人。長老。
占方(うらかた):占いの道。

感想:
政宗の多彩な趣味(武具とかはお仕事ですが…)っぷりが伺える文章です。手先も器用だったし、頭の回転も速かった。学者や記者たちを前に一歩も負けない博学っぷりと、興味のあることならなんでも一通りできる器用さが伺えます。
最後の、筆者の自分の無学さを恥じる文章と、もっとわかれば楽しいのになあ…的な一言感想が目を引きます。