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伊達家家臣伊達成実に関する私的アーカイブ

政宗→成実書状リスト(贈答品に着目して)

政宗→成実書状リスト(『伊達政宗文書』1-4収録分のみ)

伊達政宗文書1:
29:天正13/11/17 人取橋の合戦における感状。
108:天正15/5/9 長文。二丁目仕置についての丁寧な十一カ条の指示。実元没(4/16)後すぐ。
122:天正15/7/13 夜討のこと。
130:天正15/8/24 苗代田のこと。田村清通・羽田。
135:天正15/9/29 自筆。「最近様子を聞いてないので、頼みがあるので来て欲しい」大内定綱のこと。
143:天正15/10/14 右筆。鮎貝のこと。
152:天正15/11/9 国分盛重の話。
162:天正15/12/10 「相談があるので来て下さい。待ってます」
167:天正16/1/7 自筆。遠藤駿河・羽田。
216:天正16/3/8 自筆。大崎方面報告。
252:天正16/5/1 右筆。宗実・昭光らの展開指示。羽田。
257:天正16/5/6 自筆。最上の草のこと。
333:天正16/10/22 自筆。田村のこと。追伸に「春になって落ち着いたら鷹狩り行こう」
368:天正17/1/24 自筆。田村のこと。
393:天正17/3/19 自筆。片平のこと。
395:天正17/3/21 成実と宗実宛。田村のこと。
427:天正17/5/14 自筆。田村のこと。
525:天正17/10/22 小原田・須田のこと。
597:天正18/1/7 相馬のこと。
616:天正18/2/14 相馬のこと。
692:天正18/5/6 小田原。
699:天正18/6/9 秀吉との謁見後の、領地安堵の報告。午前中に謁見して戻ってすぐに書いたと思われる。
756:天正18/8/27 是非に及ばず。「成」呼び。
759:天正18/9/22 蒲生氏郷の書状の事。
762:天正18/9/29 上洛のこと。
769:天正18/10/3 浅野長政・蒲生氏郷の動向報告。
772:天正18/10/6 7日に大森へ着て欲しい旨。
818:天正19/1/17 清洲へ着いた報告。
823:天正19/3/8 自筆。葛西・大崎一揆の後始末関連。
827:?/3/14 途中で切れてる。宛先不明だが成実宛と思われる。

伊達政宗文書2:
1120:慶長6/3/12 兵部大輔名乗り。
1199:慶長7/12/晦日 小十郎→白石へ、成実→亘理への転封。安房守名乗りスタート。
1535:慶長19/7/17 秀忠のこと。
1539:慶長19/8/8 自筆。越後(忠輝居城)の普請について。
1587:慶長19/12/13 珍しく仮名交じりの書状。今夜の雨。
1711:?/1/2 正月の祝儀のお礼状。太刀1・馬1・綿2・魚3・樽1(成→政)
1789:?/3/26 自筆。慶長10年代前半? 安房。棗1(政→成)。仮名交じり。
1800:?/5/27 自筆。慶長10年代半ば? 安房。「最近あんまり連絡してないから書いてみた。雨で退屈してるよね。天気も良くなってくるみたいなので、明日城に来て下さい。会っていろいろ話したいことがあるんです」
1809:?/712 自筆。慶長16.17? 「鱒漁にいってきました。190以上もとりました。見せたかったです。来年の夏は是非一緒に行きましょう。会っていろいろ話したいです。卯松丸(宗綱)の下向にあわせて、昨日屋敷へ来てくれて私達はとても嬉しかったです。お茶会したいのですが、盆前に空いてる日がありません。また今度」

伊達政宗文書3:
1892:元和2/4/20 自筆。「お便りありがとう。嬉しいです」家康死去および埋葬のこと。蝋燭200挺(成→政)。
1920:元和3/5/7 自筆。「江戸行き直前。口内炎?ができて会えなかった。11日に朝茶会するので、石川昭光と一緒に来て下さい」
1943:元和3/9/晦日 右筆。「手紙読んだ。鶴2。もうすぐ江戸」
1986:元和4/6/4 自筆。石川昭光・成実宛。綱元の話。
1988:元和4/7/7 自筆。白石で川漁して、鮎を捕った。大きかったので数廿上げます。食べてね。タイミングよくて雨の前で終わって、城に帰りました。今度会ったときに話します」鮎数廿(政→成)。
2182:元和6/5/17 自筆。「雨の中ご苦労様でした」江戸城普請についての指示。
2186:元和6/5/21 「昨日打ち合わせに来てくれて、どうも。手紙で言っていたとおり、変更もないので、そのままおねがいします」帷子(政→成)
2192:元和6/6/18 普請場へ秀忠が御成があることを知らす。「こっちは4、5日天気が悪いので、そっちも雨降ってるかと、気の毒に思っています。みんな油断せずにちゃんとやっていると聞いて、喜んでいます」
2203:元和6/8/13 弥墓? 佐々若狭の見回りについて。
2214:元和6/9/1 大雨で普請延期。鮭1(政→成)。初菱喰。「前から言ってたよねえ」
2224:元和6/9/20 普請について。黒鶴(亘理から? 成→政)。「めっちゃおいしかった」
2267:元和7/2/13 火事のための見舞金のこと。
2336:元和8/8/21 最上家のこと。
2520:寛永2/3/晦日 「昨日鷹狩りに行って、鶉40くらいとった」4月から江戸へ行くことを知らせる。
2547:寛永2/8/27 菱喰・鶴に満足。黒鶴を家光に進上。初黒鶴(成→政)。
2561:寛永2/10/11 萱場源兵衛と鉄砲の話。
2690:寛永2/12/8 籠3。鶴。秀忠の御成について。
2789:寛永3/5/5 上洛と子息達のお目見えの予定について。
2822:寛永3/10/12 鮮魚4(成→政)。嬉しい。退去の許しがでた。
2845:寛永4/2/26 「初鯛おくります。食べて下さい」蒲生忠郷の領地没収について。
2910:?/4/1 寛永2以降。宗実が11日に亘理へ行くことについて。鶴。
2911:?/4/13 上のものと同年。宗実の亘理行きの首尾について。
2925:?/9/25 自筆。寛永1か4? 「新しき鶴がきたので、27日の朝料理するから来てね」

伊達政宗文書4:
2991:寛永5/3/17 石川宗敬・成実宛。秀忠・家光の御成について。
3048:寛永5/9/2 右筆。菱喰。江戸城での殺傷事件について。
3119:寛永6/2/11 狩りの勢子のこと。
3132:寛永6/5/2 普請のことと、6日の朝茶会の予定。
3137:寛永6/7/14 右筆。家光の快気について。普請の延期について。
3160:寛永7/5/16 知行状。
3205:寛永8/閏10/14 「黒鶴。ここまで素晴らしいの見たことない。とても嬉しい。来月帰るので、帰ったら茶会しましょう。今月中は暇がないから来月の5日以降待ってます」黒鶴(成→政)。
3216:寛永9/1/晦日 秀忠逝去の知らせ。
3220:寛永9/2/24 右筆。「鱒きたからすぐ食べました」鱒2(成→政)。
3267:寛永10/5/2 「少ないけど、伽羅贈ります」伽羅(政→成)。
3275:寛永10/8/7 「石川宗敬が初菱喰もってきたから、ひとつ江戸、ひとつ禁中に送る。で、料理するから来てくれると嬉しい」
3281:寛永10/10/21 家光の病について。
3285:寛永11/2/24 成実邸火事の見舞い。
3288:寛永11/3/9 江戸へ出立の知らせ。
3297:寛永11/6/22 右筆。入京スケジュール報告。
3359:寛永12/6/21 自筆。忠宗疱瘡のこと、武家諸法度のこと。
3406:?/2/23 寛永中。自筆。「宗実が疱瘡になって、お見舞いありがとう。病状は軽いとのことで、良かったです」
3425:?/5/28 寛永中。自筆。「虫気でしんどいから、亘理に帰る旨侍女から聞いて了承しました。知らせてくれてありがとう。よくなるといいね」
3440:?/8/2 寛永中。自筆。石川宗敬・成実・宗利・定宗連名宛。「初鮭のバーベキューやるよ! 夜は蚊が多いから暗くなる前にやろう」
3447:?/9/5 寛永6or8? 自筆。真鶴2(成→政)。
3449:?/9/10 寛永4or6? 自筆。鮭7(政→成)。「さひしくも存知べく候間」
3452:?/9/16 寛永6or8? 自筆。西館での馳走について。菱喰料理。「礼は絶対要らないから!」
3465:?/10/25 寛永10or12? 自筆。「いろいろ明日会ったときに話します」茶道具の用意について。
3469:?/11/3 寛永6or8? 自筆。翌朝の会合について。9日の朝茶会に呼ぶメンバーの話。
3548:天正16/5/6 自筆。田村のこと。
3595:天正19/3/28 右筆。留守中のことを案じる。
3750:?/7/28 寛永1or4? 右筆。川漁の首尾報告。鮎100匹(政→成)。
3752:?/10/4 寛永1or4? 仮名交じり。鷹狩りの首尾報告。
3843:12日 消息。自筆。「ご機嫌いかが。今日は明日の天気あんまりよくなさそうですね。そのままだったら任見来(きてください?)。肴料理三種あげます」
3896:30日 消息。「素早いお返事ありがとう。返事しようと思ってたけど、行水とかしてたら遅くなりました。中所への文、珍しい鶉・鱒、今度食べます。疲れてるので、字読みにくくてすみません」

メモ:
菱喰(ひしくい):カモ科の水鳥。全身暗褐色もしくは灰褐色。くちばしは黒で、黄色の帯が入る。宮城の伊豆沼が飛来地として有名。日本では10月ごろ渡来する。天然記念物。
鶉(うずら):キジ科の鳥。全体に茶色。
鱒(ます):サケ科の魚。

感想:
いつもお世話になっております「成実三昧」の武水しぎのさんから、業務依頼(笑)として、政宗ー成実の贈答品一覧(日付け入り)を作成しろとの仰せがきたので、とりあえず『政宗文書』収録の手紙リストを作ってみました。正直言っていまだ候文読めないので、字をさらって「こんなこと書いてあるな…」という程度です。いつものように、間違ってたらご指摘お願いします。追加で、他の人との比較の話も出たのですが、とりあえず今回は政宗→成実分のみ(力尽きた…)。
先日パラ見してたときは「鮎」多いな~と思ってたんですが、ちゃんと読んだら「菱喰だ!(笑)」てなりました…(笑)。うん、鮎も好きだったんだろうね…。単位がおかしいです…。というか冷蔵庫もない時代なのですから、これだけいっぺんに贈られたら、今日は城中みんな鮎食ってる…ってレベルじゃない? そうしないと腐るよね…? 「あ、今日鮎なんだ?」「御屋形様から贈られてきたんだね」…って感じ?
あと、消息ないときいてたんですが、ふたつあるんですね。時期不明ですが。仮名交じりな文書もないわけではないし、普段敬語一辺倒なのはかなり意識的にやってることなんだなあ、と。綱元や小十郎やむう姫宛のひらがな文章は候文とだいぶ趣が変わり、ゆかいなものが多いですが、成実宛のも候文のくせに内容がかなりゆかいです。特に後半生。
リスト作成前パラ見してたときは、政宗→成実のプレゼント攻撃…と思ってたのですが、きっちり見てみると、両方すごかった。贈り合いでした。
というか、読んでて思ったのは、藩主が家臣にここまで敬語使うんだなあ…ということかなあ。他の人のもの読んだことないんで比較はできませんが。それにしても政宗の手紙はおちゃめでかわいい。子ども宛の手紙も小十郎や綱元宛の手紙もおもしろいです。
しかし当然ですが、出奔前〜帰参後までの微妙な時期の文書がないことがホントに悔やまれますね…。

しぎのさんからお教えいただきました、世臣家譜による追加分:(【】内の日付けは慶による注)

  • 火事の前の御成にともなって、政宗→成実 時服10領・寝衣1領。成実→政宗 馬(黒毛)1匹・白綿100屯・板物10端。【→寛永11/2/23】
  • 亘理拝領時 成実→政宗 宇佐美長光【→慶長7/12】
  • 年次不明 政宗→成実 華物之茶器・岩城文琳の茶器。 成実→政宗名馬1匹・其直100金・白銀30枚
  • 年次不明 忠宗→成実 佩刀(政宗遺品) この佩刀を成実没後、宗実→忠宗に献上

【注】板物:絹織物・唐織り物。