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伊達家家臣伊達成実に関する私的アーカイブ

『仙台士鑑』終身髭を蓄へす

先日仙台で一緒に牛タン食べました、伊達仲間のハギヲさんからお聞きしました、成実のエピソードがあまりに萌え面白エピソードなので、許可を頂いて、記事にさせていただきました!

もとの『仙台士鑑』(@近代デジタルライブラリ)へのリンクはこちら。
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/757632

『仙台士鑑』152p「終身髭を蓄へす」:髭を止めた成実

(*逸話ですので、内容の信憑性はご自分でお確かめの上、お決め下さい)
【追記】原文は152p(280・281頁)です。ハギヲさん情報ありがとうございます!

原文:

伊達成実の近侍、清野某、剛愎にして往々上を犯かす成実これを手打にせんとすること屢なりと雖も其の勇悍を愛し問はす某か職「月額番」たり一日剃櫛、誤て成実の片釣鬚を剃り落す某、遂に左右を剃り去る成実鏡に対し心窃に怒れとも某か言の如何を待て之を處せんとす剃り畢りて某拜伏告けて曰く釣鬚主公に於て醜甚し因て剃り落し候ふと成実曰く好しと他を言はす成実此より復た鬚を蓄へすと云ふ

拙訳:

伊達成実の近侍に、清野某という者がいた。頑固で、つねづね上に逆らうことが多かった。成実はこの者を手打ちにしようと思うことがしばしばあったが、その勇敢さを愛し、不問にしていた。この清野が月代番であったある日、髪の手入れをしていたところ、誤って成実の釣り髭の片方をそり落としてしまった。清野はそのまますぐに左右の髭を剃り去ってしまった。成実は鏡にむかい、心の中で密かに怒ったが、清野の言い分を聞いてから処罰しようとした。剃り終わって、清野はひれ伏し、告げて言った。「釣り髭は殿に似合いません。なので、そり落としました」成実はすぐに「よし」とだけ言った。成実はこれ以降髭を伸ばさなかったという。

剛愎:ごうふく:頑固・片意地。
往々:ときどき/つねづね/あちこち
犯す:さからう。
窃に:ひそかに/人知れず/心の中で
釣り髭:ひげの先を上方にはねあげた口ひげ。江戸時代、寛永(1624~1644)のころ、中間(ちゅうげん)・奴(やっこ)などが行った。(デジタル大辞泉より)

髭(Wikipediaより)
日本では、中世から江戸時代初頭にかけて、武士は髭を蓄えることは当然とされ、髭のない武士は嘲笑された。そのため、髭の薄い者(豊臣秀吉が有名)には付け髭をつけることが行われた。
江戸幕府が安定する時期に入り、文治政治の時期に入ると、戦国の気風が幕府に対する謀反の心として警戒されるようになり、大名たちに髭を剃ることが流行りだし、月代と髷とともに、17世紀中葉までに定着するようになった。加藤清正は、家康の家臣に忠誠を示すために髭を剃ることを勧められたのに対し「鎧の頬あてに髭があたる感覚が心地よいので」と断ったことから、骨のある武将との評判がたった。その後、髭を生やす習慣は江戸時代初期に流行したが、「風紀を乱す」として禁止され、多くの武士も髭をそるようになった。ただし、例外的に山吉新八郎の様に、顔の傷を隠す事を理由に髭を蓄える事を仕官先から認められていたとされる事例も存在する。

【管理人注】たぶん清野は、亘理世臣家譜にいる、清野七右衛門の家系の人だと思われます。
【20121219追記】亘理世臣家譜見てたら、近侍と思われる人で清野左京って人がいました*1。清野家の部分をコピりそこねたので確かめられないのですが、この人かもしれません。
【20130807追記】伊達市行って家中の方に聞いたのですが、亘理家中の清野さんは「きよの」ではなく「せいの」さんなんだそうです(現在も御子孫がおられるそうです。大雄寺にいろいろ寄付なさっていて、名前見て萌えた…!)。
ついでにお聞きしたのですが、亘理家中の羽田さんは「はた」「はだ」ではなく、「はねだ」でいいそうです…。宮城に「はた」があるときいたので、「はた」なんだと思っていた…地名由来の苗字って他地方の人間にはわかりづらい…orz あ、でもどっかで羽根田ってかいてあるときもあるからやっぱ「はねだ」なんですね…。伊達市の屋敷割地図見るだけで萌えられる…。

【感想】

すみません。爆笑しました…。
萌えポイントとしては

  • 頑固な問題児・清野を手打ちにしたいな〜とたびたび思いつつ、勇敢さを愛してそのまま雇用。
  • 釣髭の流行は寛永あたり。この逸話がいつかはわかりませんが、おそらく寛永ごろ。つまり57〜77歳の間。
  • 原文では「主公に於いて醜きこと甚だし」→「殿には似合いません」とマイルドにしましたが、ひどい言われ様です!
  • 鏡を見て密かに怒った。でも言い分聞いてからにしようと我慢した成実!
  • 正直に諫言した清野を許す成実!
  • そして二度と髭を伸ばさない成実!
  • もっというならばこの前段階に、似合ってない釣髭を伸ばしていた成実!

です…。
もちろん成実が生きていたのは江戸初期ですので、戦国気風あふれる、武辺者がまだもてはやされていた時代。成人したら当たり前のように髭をはやす時代です。そこで流行に乗ってか乗り遅れてか(笑)釣髭にした成実に痛い一言を突きつけた清野!「それぶっさいくです!殿には似合ってません!」「よし」と言ったのはおそらく清野の気骨に対してなのでしょう…。
以来、二度と髭を伸ばさなかった成実。きっと清野に言われたこと気にしてたんだよ…!!!! 一生!!!!(笑)
笑いが止まりません…。
つまり、おっさん〜じじいな成実を描くときも、髭を描く必要はないということですね!(笑)毎日髭そってんですね!
あーおもしろい…。
リンク許してくださいました、ハギヲさんありがとうございました! …笑いがとまりません…。

*1:寛永15年の奥羽軍談のとき、駕籠降りた成実を景定と一緒に付き添って支えた人