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伊達家家臣伊達成実に関する私的アーカイブ

【感想】亘理復興支援写真集『RIVIVE-復興-』

私が亘理をはじめて訪れたのは、かれこれ○○年ほど前でした。
自分の地方の図書館にはいくら探しても政宗や成実について詳しく書いてある本がなかったので、「地元に問い合わせてみたら?」という学校の教師のアドバイスに従い、なにかあったら教えてくださいと、送ってみました。
そしたら系図のコピーとか写真とかパンフレットいっぱいの、すごい丁寧なご返事をいただき、「機会があれば亘理にお越し下さい」とお手紙が入っていました。学校の長期休みになったので行ってみました。いろいろな方に親切にしていただきました。アホな中学生相手にホントにありがたいです。
亘理神社でぼーっとしているのが気に入りました。
墓は子孫の方々のものだと思うので失礼があってはならないと緊張しますが、神として祀られた神社でなら、ただの一ファンである私でも居ても許されるかなあと。大きな神社と比べてなにもなくても、ここに居たんだなあ…と思えるだけで楽しかったです。
はじめに行ったときはまだ大雄寺の御霊屋が古かった。
それから数回訪れました。
W杯にメキシコ応援に来た時に帰りにいって。
楽天おっかけのついでに行って悠里館の立派さと駅が新しくなってるのにビビって。
こないだいったら仙台駅の政宗像がなくなってたのにショックを受けて(笑)、御霊屋が真っ赤なのにビックリして。
歴史や伊達家へのミーハーな興味が薄れてからも、私にとっては家族が居る土地、親戚が住む県の次ぐらいに、仙台や亘理は思い入れのある土地でした。

昨年地震があって、テレビから流れてくる地名と映像に体が震えました。
行ったことある土地、行きたいと思っていた土地、本読んで頻繁に出てきて馴染みのある土地を、あんな形で見たことは哀しいことでした。もちろん被害に遭われた方の哀しみ・御苦労からは比較にならないほどのちっぽけなものですが。
政宗の時代の本を読んでいて、ちらほら大きな地震の記述があることは知っていました。死者数だって書いてあった。ただ、ちゃんと読み、想像力を働かせることがまったくできないでいました。地震の倒壊の死者だと思っていて、あの当時だからそんなもんかなとか思っていました。日本の多くの人がそうだったように、津波(海嘯)というものがそんなにひどくなるものだと思っていませんでした。いつも警報がでたって海辺でちょっと水位が上がるだけで、なにもないのに大げさなんだよな〜津波警報って…と思っていました。去年までは。
昔の人はちゃんと書いていてくれたのに、古文とか漢文が読めないと読まずにいたのは、後世の私達の怠慢です。
昔の人たちは、ちゃんと手をのばしてくれていたのに。

昔も、小説やドラマやマンガに出てくる成実を好きでしたが、今思えば「キャラクター」として見ていました。400年前にちゃんと生きた、血の通った人間だとはあんまり思えてなかったように思います。伊達熱が再燃して、ちゃんと、成実が書いたものを読むようになって、どんどんイメージは変わりました。好きになり始めのそれとは180度変わったけれど、書いたものから浮かび上がる「伊達成実」という人はとてもとても魅力的です。
あ、政宗ももちろん魅力的ですよ。
史料の向こうには、生きていた人たちがいます。それをしれるのがとても楽しい。

私は友達も親戚も亘理にはいません。だからただ一方的な思い入れを持っているだけです。
ただ好きなだけです。
でも。
あのとき。
アホな遠方の中学生に、すごく丁寧な返事をしてくれた町役場の方は。
道に迷っていたら教えてくれたおじさんは。
神社でぼんやりしていたら缶ジュースくれたおばあさんは。
ご無事だったでしょうか。お元気でしょうか。
そんなことを思いながら読みました。
涙がでました。
亘理町・宮城の方が穏やかにいられますよう、祈っております。

http://www.311-revive.jp/index.html
また遊びに行かせてもらいます。Hasta La Vista!