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伊達家家臣伊達成実に関する私的アーカイブ

『伊達日記』116:秀吉の贈り物

『伊達日記』116:秀吉の贈り物
(番号・タイトルは便宜上つけたものです)

原文:

一御普請場へ日々成らせられ候。十月始寒時分、惣ノ大名衆へ風邪をふせぎ候への由にて、長持に紙絹を御入、町場を御廻り候て移に下され候。政宗は物ずきを仕候へども紺地の金襴、袖は染物にすりはくの入候を御付、すそは青地の段子色々をとり合候呉服を下され候。其砌政宗大阪御上下の御座船を御進上成られ、御感の由に候て、光忠の御腰物をくだされ候。其の明る日御普請場へ政宗彼刀を御差御目見候処、昨日政宗に刀をぬすまれ候間、取かへし候へと御諚なられ、御小姓衆四五人取かかり候を、政宗打はらい半町程逃候へば、盗賊人に候へども、御免なされ候間参候へと御意成られ候。
或時御所柿を御入成られ、諸大名へ下され候。政宗町場へ成らせられ、政宗は大物ずきにて候間、大き成がのぞみに候はん由御意にて、折の中を御取かへし候て、是よりおおきなるはなきとて下され候。諸人にすぐれたる御意共度々候を、何れも御覧候ひて、政宗は遠国人にて一両年の御奉公に候。此の如く御前よきを冥加の仁にて候と御取沙汰候なり。

現代語訳:

秀吉は普請場へ毎日いらっしゃった。10月の始めで寒い時分だったので、すべての大名へ風邪を予防するために長持ちに紙絹をいれ、工事の現場を回りなさって下された。
政宗が変わった物を好むことを御存知だったので、紺地の金襴・袖は染め物に刷り箔の入った物を付け、すそは青地の段々になっているものをとり合わせた呉服をくだされた。
そのころ政宗は大阪に上下の御座船を進上し、感動なさったため、光忠の刀をくだされた。その明くる日、普請場へ政宗がこの刀をさし、御目見えしたところ、「昨日政宗に刀を盗まれたので、返してくれ」と御命令なされ、小姓衆4,5人取り掛かったところ、政宗は打ち払い、半町ほど逃げた。すると「盗人であるが、許してやる、もっておけ」と仰せになった。
あるとき、御所柿をおいれになって、諸大名へ下された。政宗の普請場へいらっしゃり、「政宗は大きいのが好きだから、大きいのがほしいだろう」とおっしゃり、箱の中をひっくりかえされ、「これより大きいのはない」といって下された。
皆様より上の思し召しを度々戴いたのを、(諸大名たちは)いずれも御覧になって、「政宗は遠国のものであり、数年の奉公だった。このように秀吉の覚えが良いのは、神仏の思し召しであろう」と、皆様取り沙汰されたようであります。

語句・地名など

感想:

「秀吉が政宗をどんなに気に入っていたか」というお話です。木村右衛門覚書に「秀吉は父のような人だった」と述懐するところがありますが、秀吉の方もだいぶ年下の政宗を子どものようにかわいがっていた節があると思います。それと同時にどんなパフォーマンスをするか試している節ももちろんありますが。
諸大名が風邪を引かないように普請場に毎日現れるパフォーマンスといい、それぞれに気に入ったものを贈るセンスといい、やはり秀吉の掌握術というのはすごいものだと思わされる一記事です。
それにしても光忠の刀を返せといってどうでるか見る処や、大きい柿好きだからあげるわ〜と箱をひっくり返しているところはさすが秀吉といったところです。