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伊達家家臣伊達成実に関する私的アーカイブ

2016冬高野山

高野山に行ってきました!

伊達オタ仲間であるTさんが関西にいらっしゃったので、1/10〜11と高野山に行って参りました(1/9は太平記旅として千早・赤阪城にも行きましたが、伊達とは関係ないので割愛)。

南海電鉄難波駅から電車に揺られて2時間ほど(乗り換えのない特急こうやなら1時間20分ほどでつきます)。南海難波駅〜橋本駅のりかえ〜極楽橋駅〜ケーブルカー〜高野山駅です。
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ちょうど放映日でしたが、南海難波駅がもう真田丸一色になっていました。グッズ売ってたので、クリアファイル買いました。あとから聞きましたが、橋本駅の駅員さんは真田丸コスプレをしているらしいです。途中の九度山駅は真っ赤になっており、町も幟で一杯でした!
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高野山につきました。旅のお供シゲにゃん。今、高野山にいますww
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パンフに政宗を発見。
ちゃんとおっさん期なあたりがツボです。たしかに大坂の陣は伊達勢にとっては大遠征だったでしょうね。
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こうやくん(去年の、高野山開創1200年のときに作られたゆるきゃら)が見てる…。
本当にどこにでもいます。あとグッズ展開が幅広すぎる。たくさん売っています。
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伊達家の菩提寺である北室院も宿坊はあるのですが、檀家さんしか宿泊できないため、高野山の中で温泉などがある福智院という宿坊に宿泊。精進料理美味しいです。豆腐鍋がすごくおいしい!(そして真田丸を二回見ました)元々大河オタの私とTさん、久しぶりの面白い戦国大河にきゃっきゃいいながら風呂に入り、伊達話を寝落ちするまでして、翌日5:45に起きて朝の勤行に参加。ね、ねむかったです!
あと夜と朝すごく寒かった!(でも思っていたよりは暖かかったですが)

そして奥の院探索へGO!
実をいうと、前にネットで、奥の院の詳細マップに、宇和島・仙台本家以外に、石川家や涌谷伊達家の供養塔があり、その中に伊達安○という墓があるという情報を見ていて、それ探そう!ってのが第一目的でもあったのです。
結果から言いますと…何の成果も得られませんでしたっ!(泣)
そもそも私がネットで見たこの詳細地図がどこにも置いておらず。
政宗周りはともかく…政宗のそばのならまだいくつかわかったのですが、ほとんどの(江戸初期あたりと思われる)古いお墓は苔と磨耗で字が読めなくなっていて、広さと墓の多さから、案内があらかじめ立ってるものでないものを探すのはほぼ不可能な状態で…orz(行かれた方は納得していただけると思います)
涌谷伊達家の菩提寺はあるから、やっぱり「伊達安○」の供養塔は安芸(涌谷伊達)だったのだろうか…。
でも!亘理の世臣家譜の、常盤家の項に

「成実死んだ後、正保3年に成実の追善のために常盤吉定が高野山に登った(その後江戸を通って陽徳院(めご姫)に高野山土産を献上し、饗応を受けた)」

とあるので、やっぱり高野山にも、なんかあるんじゃないかと思うんですよ…出奔していた土地でもあるし、文禄3年に成実が施主したという記録が残っている久保姫や晴宗の供養塔も、もしかしたら探せばあるんでないかと…(当時の伊達家の菩提寺、観音院はその後廃寺となり、現在の菩提寺である北室院に引き継がれた)。

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てなわけで、気を取り直して、政宗墓所。
奥の院の中程、奥の院に向かって右側にあります。案内も立っているので間違えることはないはず。
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近寄ってみます。21年ぶりです!
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アップ。
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政宗のそばに他の家の人のもあるのではないかと言われたので、周囲を探してみると、政宗区画の外側、右の方にあった伊達河内守宗清(政宗三男)。
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政宗区画の後ろにあったもの。右の倒れかけているのが伊達式部宗倫(忠宗五男/登米伊達四代目)、左が白石若狭宗貞(白石宗直長男/登米伊達二代目)。もしかしたら登米伊達がここに固まってるのかな?
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奥の院入り口すぐにある宇和島伊達家。忠宗・秀宗個人のものもここらへん。
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現在の伊達家の菩提寺、北室院。檀家の方でないと入れないらしいので、門構えだけとらせていただきました。他に伊達家と関連がある成就院・巴陵院(涌谷伊達家の菩提寺だそう)も表まで行きましたが、やはり関係者や研究者でないと見学は無理なようで、外からだけ見てきました。なんでなくなっちゃったんだ、観音院よ!(泣)(経緯は知ってますが)
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門に竹雀紋と立て三つ引き両紋が。
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金剛峯寺。屏風絵がとても綺麗です。豊臣秀次自刃の間があります。内覧チケットを買うと、奥でお茶をいただけます。
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帰ります。楽しかったです。でも登米や宗清のがあるならあるんじゃないかと思うんだ…。またいつかリベンジしたい…。
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最後に。関西の私鉄・南海電車が真田丸に向けて全力で張り切っておるので、どうか 大河『真田丸』に萌えた皆様は南海電車で九度山or高野山を訪ねてみてくださいませ! (笑)  後半に必ず来るであろう(勝手に確信)重綱の出番も楽しみにしております! 政宗もちょろっと出てきてもいいですよ! 成実はモブでいいので配置してくれてたら勝手にこちらで認定して喜びます。

成実好きとしましては、今回も何の成果も得られなかったんですが、当時からあった金剛峯寺やら、町並みを歩いていますと「きっとここ来てるよ!」「ここ通ったに違いない!」などと感慨にひたれます。ええ、痛い歴史オタクですが、いつものことです。
苔むした供養塔がたくさん残る奥の院も、弘法大師がいらっしゃる本堂も、本当に荘厳で、冷たい空気も含め、背筋が伸びる思いで歩きました。もちろん私たちは電車とケーブルカーで行ったのですが、「この山どうやって登ったんだろう?」「伏見からここまで何日くらいで来たのだろう?」「季節的にはいつ頃からいつ頃までいただろう?」といろいろなことを考えました。
観音院の過去帳の翻刻見たときにも思いましたが、伊達家の人たちが結構頻繁に供養や回向のために来ているので、当時の高野山信仰含め興味深いと思いました。また、中世の寺院は私たちが現在想像するよりも影響力を強く持っていたのかな、などと思ったりも。ここらへんも知りたいものです。

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ちなみに前に書きました、昔の高野山旅の写真エントリです。21年前じゃない!23年前だ!(青ざめ)