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伊達家家臣・伊達成実に関する私的資料アーカイブ

2020-06-14から1日間の記事一覧

『正宗公軍記』2-8:会津・須賀川衆、本宮へ働き、人取橋に於て合戦の事

『正宗公軍記』2-8:会津・須賀川の者たち、本宮へ赴き、人取橋において合戦が起こったこと 原文 右の段は、石川弾正逆心の次第、田村御洞の様子書記し候。安積表の事は、四月五日の晩、大内備前、不図懸入り候て、会津衆、安積へ罷出でられ、須賀川衆と申合…

『正宗公軍記』2-7:大内備前御訴訟相済み御目見申され候事

『正宗公軍記』2-7:大内兄弟の件が落着したこと 原文 同年三月廿三日、玉の井の合戦見候て、帰り候小十郎は、大内備前・片平助右衛門罷出でられ候を、相待たるる由にて、二本松へ罷越し候て、逗留致し候所に、四月五日の晩に、かち内弾正と申す者、大内備前…

『正宗公軍記』2-6:玉の井へ敵地より草を入れ候事

『正宗公軍記』2-6:玉の井へ敵地から草を入れたこと 原文 天正十六年三月十二三日の頃、成実抱の地、玉の井と申す所に、高玉より山際に付いて、西原と申して四五里、玉の井より隔て候所へ、はい草を越し候所に、玉の井の者共、兵儀なく遠追ひ候て、罷出で候…

『正宗公軍記』2-5:大内備前、御下へ参りたく御訴訟申上げ候事附同人苗代田へ再乱の事

『正宗公軍記』2-5:大内備前、政宗の配下になりたいと訴えてきたことと、苗代田への再びの襲撃のこと 原文 天正十五年、最上・大崎は御弓箭に候へども、安積表は先づ御無事の分にて、何事もこれなく候間、苗代田・太田・荒井三箇所は、成実知行致し候。敵地…

『正宗公軍記』2-4:黒川月舟身命相助けられ候事附八森相模御成敗の事

『正宗公軍記』2-4:黒川月舟斎が命を助けられたことと、八森相模を成敗なされたこと 原文 黒川月舟逆心故、大崎の御弓箭、思召され候ようにこれなきに付いて、内々月舟御退治なされ、大崎へ御弓箭なさるべき由、思召され候へども、佐竹・会津・岩城・白川・…