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伊達家家臣伊達成実に関する私的アーカイブ

『伊達日記』81:岩城との和議

『伊達日記』81:岩城との和議

原文

一仙道中残りなく御手属され候間。御和談候而。来年は佐竹へ御弓を成らるるべき由御思案なされ。片倉小十郎に仰付られ志賀かんてうへ状を越申すべき由御意にて。岩城の儀はかやうに打隔べき御中にて之無き御味方御一党の御首尾迄に御不和に候。御和談我等式も念願之由申越され候に付。岩城中上下共に大慶申され候。小十郎へ逢申度由かんてう返答申さるるに付。奥山と申処へ小十郎罷出られ。かんてうへ参会申され御無事に相済候故。田村の内小野大越は岩城へ御奉公に候へども。田村へ相付られ候。

語句・地名など

現代語訳

仙道じゅうを残りなく手に入れなさったので、和議をなさった。来年は佐竹へ攻め入ろうとお思いになり、片倉景綱に命令して、志賀閑長斎という者に書状を送るようにとご命令になった。
岩城のことはこのように距離を持つべき間柄ではない味方・一党のすべてまで不和でありました。和議は私も強く願っておりますと言って送ったところ、岩城の者たちは身分高い者から低い者まで大喜びし、景綱に会いたいと志賀閑長斎は返答してきたので、奥山というところに景綱が行き、対面し、無事に和議が成立した。
田村のうち、小野と大越は岩城へ味方していたが、田村へ返された。

感想

岩城との和議のことが書かれています。
岩城氏との戦は回避され、政宗の目は関東へ向けられます。