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伊達家家臣伊達成実に関する私的アーカイブ

『正宗公軍記』2-4:黒川月舟身命相助けられ候事附八森相模御成敗の事

『正宗公軍記』2-4:黒川月舟斎が命を助けられたことと、八森相模を成敗なされたこと

原文

黒川月舟逆心故、大崎の御弓箭、思召され候ようにこれなきに付いて、内々月舟御退治なされ、大崎へ御弓箭なさるべき由、思召され候へども、佐竹・会津・岩城・白川・石川打出でられ、本宮迄相働かれ候間、大崎弓箭取組まれ候はば、又々、右の各々御出馬あるべき由、思召され候て相控へられ候。翌年大内備前、苗代田の百姓寄居候を打散らし、手切を仕り候に付いて、仙道の弓箭ふたたび乱れ候て、会津まで御手に属せられ、関東の御弓箭思召され、大崎の事、御言にも仰出されず候。然る所に、秀吉公、小田原へ御発向候て、会津をも召上げられ候。大崎・葛西、森伊勢守拝領申され、罷下られ候條、黒川月舟、伊達上野婿に御座候故、懸入り身命を相助けられ候様にと、御訴訟申し候に付いて、上野より正宗公へ、此由を披露申され候へば、御意には、大崎へ御弓箭の時分、月舟逆心仕り、数輩の諸軍勢討死仕り候間、是非月舟首を召上げらるべく候。早々上置申すべきの由、仰付けられ候。上野、種々御訴訟申され候へども、罷成らず、秋保の境野玄蕃に仰付けられ、相渡され候。上野、米沢へ参り、大崎御弓箭の時分、月舟恩賞を以て浜田伊豆・田手助三郎・宮内因幡参り、身命恙なく相退き候。夫は只今申立つる所にもこれなく候。月舟事は、御存じの如く、私舅にて御座候間、某知行一宇、差上げ申すべく候。月舟命の儀、御助け下され候様にと、頻に訴訟申され候に付いて、御意には、月舟事は、偏に口惜しく思召され候へども、上野首尾に、身命助けられ下され候由仰出され候。上野、境野玄蕃手前より月舟を請取り、別府へ罷返され候。満足尋常ならず候。其後、月舟は、御訴訟申され、少し堪忍分を下され、仙台に屋敷も拝領致し、御前へも折々罷出でられ候。八森相模、桑折に於て、月舟へ強ひて異見申し候御耳に相立ち、其上、正宗公の御指小旗の御紋を、其身の小旗の紋に仕り候故、深く口惜しく思召され、妻子共に、北国へ差越され、上郡山民部に相渡され、相模を始めとして、妻子まで死罪仰付けられ候。

語句・地名など

折々:ときどき、機会があれば

現代語訳

黒川月舟斎の寝返りによって、大崎の戦が思われたように上手くいかなかったので、内々に月舟斎を退治され、大崎へ戦を仕掛けようと思われていたが、佐竹・会津・岩城・白川・石川が出陣し、本宮まで兵を進めたので、もし大崎とも戦になったとしたら、またこの者たちが出陣してくるだろうとお思いになり、お控えになった。
翌年、大内定綱は苗代田の百姓があつまっていたのを蹴散らし、手切をしたので、仙道の情勢は再び乱れ、政宗は会津まで手にいれ、関東への出陣を思われた。大崎のことは口にも出すことがなかった。
そうしているところに、秀吉が小田原に向かって出発し、会津をも召し上げられた。大崎と葛西は森*1伊勢守拝領し、やってきた。伊達上野政景は月舟斎の婿であったので、政景のところに駆け込み、命を助けてくださるようにと政宗に訴えたので、上野から政宗へこのことを行ったところ、政宗は大崎へ戦をしかけたときに月舟斎が裏切り、味方の多くの兵が討ち死にしたので、どうしても月舟斎の頸を召し上げるべきである、早くそうしろとご命令になった。上野はいろいろと訴えたけれど、無理で、秋保の境野玄蕃に命令し、身柄を渡された。
上野は米沢へ来て、大崎との戦のころ、月舟斎のお陰で浜田伊豆・田手助三郎・宮内因幡が来て、命に別状はなく、退く音ができた。それはいま言うことではない。月舟斎のことは御存知のように私の舅でございますので、その知行をすべてさしあげるべきで、月舟斎の命はどうかお助けくださいますようにと頻りに訴えされたので、心の裡では月舟斎のことは大変口惜しくお思いであるけど、上野の扱いとして、命を助けるようご命令になった。
上野は境野玄蕃のところから月舟斎の身柄を受け取り、別府へお返しになった。大変満足した。その後、月舟斎は政宗に訴え、少しの堪忍分の知行をもらい、仙台に屋敷ももらい、政宗の前にも機会があるごとにやってきていた。
八ツ森相模は、桑折の城に於いて、月舟斎へ強く意見したことが政宗の耳に入り、そのうえ政宗の旗指物の門を、かれ自身の小旗の紋にしたので、政宗は大変不快に思い、妻子ともに北国へ送られ、上郡山民部に渡され、八ツ森相模をはじめとして、妻子まで死罪を命じられた。

感想

月舟斎のその後について書かれています。
何度も出てきているように、月舟斎の娘竹乙が留守政景に嫁いでおり、2人は婿と舅の仲でした。政景の尽力によって月舟斎は助けられ、その後は政宗の前にも出向く程になったようです。
一方で、八ツ森相模は政宗の旗指物の紋を使っただけで妻子まで死罪になっています。戦国の常識はきついですね。

*1:木村