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伊達家家臣・伊達成実に関する私的資料アーカイブ

『政宗記』10-2:政宗一代行事

『政宗記』10-2:政宗の日課

原文:

去程に、常々奥方抔のことをば争か存知候べき、縦令ば表なりとも我と見ざること多かりけれ。それは奥表ともに能ことも悪きことも家に隠れなき故に、見聞のこと粗爰に記し畢ぬ。先朝起給ふに床の上にて、髪を自身に一束に結び、手水を仕廻、又本の床へ直り給ひてたばこと望み給ふ。煙草をつきて参らする者、奥表に定りけり、扨煙草を聞召すには、下に唐皮を敷、其上に一道具を置、たばこをつき、蝋燭を灯参らせけるに、三服か扨は五服か、何時も右の通定るなり。夫より表へ出給ひ、閑所*1へ入給ふ、閑所は京間一間*2四方、内に三階の棚あり、棚の上には硯・料紙・簡板・香炉、其外刀掛万ず結構にて、閑所に入給ふには、朝晩共に焼物*3なり。而後行水屋へ入給ふとき、台所より朝の膳部*4を奥小姓、受取差上げるを、心に入ざる処をば直し給ひ、物書どもへ遣はし給ふを、清書して是を渡す。扨行水に取付給ふに、刀掛に大小を納め、広蓋に鼻紙・印籠・巾着・帯・小袖を置給ふ迄も、常々少しも違わず。或行水何程如何様にし給ひ、浴衣きせ参らせ身を拭迄も定りけり。惣じて朝晩ともに両度の行水、旅は申すに及ばず、寒風嵐なりとも、右の行儀常の如し。扨行水相過表の寝間へ入、朝奥より着給ひける小袖をば着替、常の居間へ出、髪を結せ給ふ。此ときに至て左よりはき給ふ。自然に緒などゆるみければ、幾度もはき直し給ふと云へり。扨指立たる五節句には上下一双物、朔日・十五日・二十八日は、羽織に袴なり。尓後表の座敷へ出給ひ、「相伴衆」と呼給ふ。其とき当番の小姓頭両人の内、一人中坐して呼掛に、一人宛出けるを、自身左右の差図にて座敷相済、「膳を出せ」と呼給へり。上りけるに相伴衆へ残りなく、膳ども渡りけるといなやに、膝を直し箸を取、食腕に手を掛給ふと同く、相伴衆も箸に取付。其より二の膳引菜*5上りけるを、小姓頭陰に相詰、夫々を見合、段々上させけるなり。食過酒のときは嗽をし給ひ、聞し召と云へり。尓れども、其内親類衆の一人も加はりければ、左様にし給はず。常は只大形酒をも聞召さず、何れもは気根次第と宣ふ。慰のため取廻しなば、且は政宗も聞召んと、何れも中座にて、其方此方と取詰けるに、縦令ば手前は聞召さずとも、其理の済まさぬ間は何とき迄も待ち、埒の明を見給ひ、「湯」と望み給ふ。扨膳下り茶菓子の上りけるを、座中へ廻し手水に立給ふと、相伴衆も次へ立手水相済、本座有て「何れも本の如し」と宣ふ。其とき茶道*6床脇なる台子*7へ向ひ、茶を立、薄茶・菓子迄相済。茶道水覆を持立といなやに、相伴衆も次へ立、其より又役人ども入替、色々用どもを調ひ、八つ*8の時計鳴ければ、其日の用は終て、暮の膳部上りけるを、朝のごとく直し給ひ、夫より奥へ入給ふ。暮の膳は大形奥にて聞召し、其後閑所へ入り、晩の行水相済けり。朝より終日の行儀先かくのごとし、其外色々細かなること際限なし。されば奥方にても空く光陰を送り給ふことなしと云へり。表などにて左様のことはし給はざれども、奥方の慰みには、見台に文書を置、常々見給ふとなり。故に文字も大形手跡は天下に隠れ無く、詩作歌道も大身の伴、或は出家衆抔へ付合、詩歌の砌は能悪も夫々答を合せ給ふ。まして若年より軍合戦に戯給は*9で、学文などは大略ならん、詩作歌道も面に顕はれ僻給ふとはみへざれけれども、其頃都より兼如*10、其子の兼与、甥の兼益、其外兼也などと云、歌人をまねき造作を以て召抱、江戸仙台をかね、上下の奉公剰へ兼如の弟正益をば、家来の者の為なり抱ひ給ひ、妻子ともに引下し長時断らず在城に置給ふ。或年兼与・兼益下されけるに、済家の和尚達を集め、詩歌抔とて慰み給ふ。

現代語訳:

さて、常日頃奥方などのことはどうして知ることができるだろうか(できない)。たとえば表のことであっても、自分が見られないことが多いことであろう。それは奥・表であっても良いことも悪いことも家中に隠しごとはないので、見聞きした大体のことをここに記しましょう。
まず、朝お目覚めになったときに、床の上で上を御自分で一束に結び、手水をし、また本の寝床へお戻りになって、煙草を望まれる。煙草をつけてお渡しする人は奥も表もそれぞれ決まっている。さて煙草をすうときには、下に虎の皮をしき、その上に道具を置き、煙草をつき、蝋燭で灯りを付けさせる。三服かまたは五服、いつもそのように決まっている。
それから表に御出になり、閑所へ入りなさる。閑所は京間一間(約二メートル)四方の部屋で、中に三階の棚がある。棚の上には硯・料紙・香炉、そのほか刀掛けなどがそろっていて、閑所に入るときには、朝晩ともに香を焚かれる。その後風呂場へ行くとき、台所から朝の料理の献立を奥小姓が受け取り差し上げ、気に入らないところをお直しになり、代筆者に言いつけになったものを清書して料理の担当の者に渡す。
さて行水に入るときは、刀掛けに大小の刀を納め、広蓋に鼻紙・印籠・巾着・帯・小袖をお置きになるのも、常日頃まったく同じにされる。行水をどのようにし、浴衣を着せ、体をふく作法も決まっている。すべて朝晩二度の行水は旅行中はいうに及ばず、寒い日や嵐の日であっても、この習慣はいつも同じであった。
さて行水を終え、表の寝間へ入り、朝奥から来ていた小袖を着替え、常の居間へ御出ましになり、髪を結わせになる。このとき、必ず左からお掃きになる。自然に緒などがゆるまれるときは、何度もお掃き直しになるという。目立った五節句の日には上下そろいのもの、一日・十五日・二十八日は羽織に袴である。
そして表の座敷へお出ましになり「相伴衆よ」とお呼びになる。そのとき当番の小姓頭二人の内、ひとりが座って呼び掛けに、もうひとりが呼び出しに行くのを、御自身の指図によって座敷を整えられ、「膳を出せ」と呼ばれる。相伴衆が参上し、全員に膳が行き渡ると直ちに膝を直し、箸を取って、椀を手に取ると同じくして相伴衆も箸を手にする。その後二の膳の引物の菜が膳部からあがってくるのを小姓頭が陰に控え、時間を見計らって徐々に運ばせるのである。食後の酒のときはうがいをなさり、その後飲まれるという。しかし、親類衆がひとりでもいると、そうしないのだという。いつもはただ酒も飲まずに、気力次第と仰る。
気晴らしのために家来達が立ち上がってそちらこちらとてんてこ舞いになるのを見ると、たとえば自分は飲まなくても、その順番が終わらない間は何ときでもまち、物事が片付くのを見て「湯」と所望される。また、膳が下げられ、茶菓子が上がってくるのを、その場にいたほかの者へまわし、手水にお立ちになると、相伴衆も続いて立ち手水を済まされ、元の位置に戻って「みなも元のように」と仰る。
そのとき、茶道の床脇にある台子へ向かい、茶を立て、薄茶・菓子などを振る舞われる。茶の会が終わるとすぐに相伴衆は下がり、役人を入れかえ、いろいろの用を行い、八つ(午後二時)の時計がなると、その日の政務は終わり、暮れの献立が上がってくるので、それを朝のようにお直しになり、そこから奥へ入られる。暮れの食事はたいてい奥でお食べになり、その後閑所へ入り、夜の行水をすませられる。朝から一日の日課はこのようなものであるが、その他いろいろ細かな決まりはかぎりない。また、奥の中であっても、ぼんやりと時間を過ごすことはなかったという。表ではそのようなことはされなかったが、奥での気晴らしには、見台に文書をおき、常日頃読書なさっていたという。
それゆえに、文字も筆蹟もその素晴らしいことは天下に知られており、詩作や歌道も大領主たちや、または僧侶達へ付け合わせて確かめ、詩歌の場合はよいところもも悪いところもそれぞれ答を合わせられた。若い頃から合戦にまぎれ、学業などは一廉であったにしても、詩歌や歌道を目に見えて好んでいた風ではなかったが、そのころ都から猪苗代兼如・その子の兼与・甥の兼益・その他兼也などという歌人を招き、家を建てさせ召し抱え、江戸においても仙台においても、奉公させ、兼如の弟正益を家来として抱え、妻子とともに連れてきて城につめさせた。或年、兼与・兼益が仙台を訪問したときは各禅寺の和尚達を集め、詩歌の会などをしてお楽しみになった。

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唐皮(からかわ):虎の皮の敷物
簡板(かんばん・ふだいた):ものを書き、跡が残らないように消すことが出来る漆塗りの板、または上。
広蓋(ひろぶた):衣装箱のふた。衣類などを載せて差し出す大都して用いられ、それに似せて作った大型の盆のこともいう。漆塗りでふちがあり、そこが浅く方形のものが多い。
気根(きこん):物事に耐えられる力、根気、気力。

感想:

政宗の日課の詳細。木村本110に類似記事あり。
冒頭に書いてあるとおり、ここの部分は成実が近侍の小姓などから聞いてかいた部分と思われます(成実は近侍する身分ではないので)。木村は小姓だったので、この木村の覚書を参考にしているのかもしれません。断言は出来ませんが、木村の文章をかいつまんで要約したような印象を受けます。
また木村の文にない部分(書の話や猪苗代家の話、相伴衆・小姓たちへの政宗の態度)の筆致が成実の文章らしさも感じさせます。
てんてこ舞いになっている小姓などを気遣う政宗の様子、若年期はそれほど歌に熱中していたわけではなかったが、いつごろからか熱中するようになったことなど、おもしろい情報がちらちらと見えます。
他の記事でもちょろちょろ出てきますが、政宗の几帳面さ、物事をきちんとしておかねば気が済まない感じなどがよくわかります。こ、細かそうですよね…!!(笑)ちょっとでもものの位置がずれてたら嫌な気分とかになりそうな…!もちろん人に関しては寛容であろうと努めてるのはわかるのですが、まあわりと気にする人っぽい感じがヒシヒシと…!(笑)

*1:かんじょ。便所

*2:約二メートル

*3:たきもの(香を焚く)か

*4:食事を用意する部署。ここでは献立のこと

*5:引物の菜

*6:茶道の者

*7:だいす。茶の湯に用いる棚物

*8:午後二時

*9:逆の意味ではないかと思われるが、原文ママ

*10:猪苗代