台風のせいで…orz
本当は宮城での独眼竜花嫁道中関連の公開収録のために7/17から行って、18日宮城をぶらぶらして、19を郡山・20を会津若松で行こうと思ったのですが、あいにく台風11号が直撃したため、移動が危険な感じになり、泣く泣く17・18を諦めました。18日の夜に郡山着で、19日は郡山、20日は会津若松をぶらぶらしました。
でも今回は伊達旅というより、ほぼ会津旅行(蒲生氏郷と幕末会津藩)だったんですけどね。
郡山で一泊
いきなり喜多方ラーメンたべた。
激しい雨だったので激しくやる気が失せ、とりあえず東北史クラスタとして田村麻呂が立ち寄ったという神社に行ってきました。
すごく立派な舞台があった。
フルーティア?という電車で、喫茶室がありました。や、私は普通の車両に乗ったのですが、すごくかわいかった〜。
会津若松に着きました
赤べこのゆるきゃら?がお出迎え。かわいい。
お城のゆるきゃらもいました…。お城ぼくんとか。
会津若松城へは、正直綾瀬はるかちゃんの八重の桜ポスターのある道を歩いて行けばたどり着けるぐらい、ポスターばかりでした。すげえ。
神明通り商店街にある、興徳寺の入り口の碑。あとから見たらどの方向からもいけるよういたる所に看板がありました。愛されてますねえ氏郷。
入り口に葵のご紋が!(息子秀行が振姫と婚姻したので許されたそうです)
フォントから、すごく新しいと思われる氏郷辞世の碑。こ、このフォントひでえ…(笑)。
氏郷の墓。氏郷の墓は伏見にもあって、身体はそっちにあるらしいのですが、ここには遺髪が埋められているそうです。
加藤時代の門。新しい感じの石垣。
一番古い時代の野面積みの石垣。
お城ばーん! 中は写真は撮れませんでしたが、伊達時代のことや政宗の肖像画等の展示もたくさんありました!地下が涼しかった…天然の冷蔵庫…。
麟閣の待合場所?みたいなの。
麟閣のにじり口(入り口)。麟閣は、千利休が追放されたときに、利休七哲だった氏郷がその子息を迎えいれ、偲んで作った茶室を移したもの。思ったよりちっさくて、大の男が入るには大変そうでした。
藤がありました(笑)。誰が植えたのかな?と思ったけど、氏郷も(多分)加藤も本姓は藤原ですよね(笑)。
八重の桜主人公の山本八重像。
初会津に浮かれて物欲を抑えきれない。米と、辞世の手ぬぐい。
そしてガチンコすぎる御朱印帳。蘆名から松平までの歴代城主の家紋が…!!(笑) 火花バチバチです。
飯盛山の白虎隊墓の側にある、栄螺堂。上り下りで決して交わらない謎の構造物。
またそのすぐそばにあった、厳島神社。なんと蘆名氏が勧請したらしいのですが、こんな盆地で海から遠いところで何故宗像三神を祀ったのだろう?と思いましたが。
飯盛山の白虎隊自害の地ではさすがに写真を撮る気にはなれず、お参りだけさせてもらいました。
側にある白虎隊記念館、いろいろな史料が残されていて、哀しい事件を今も弔っている人がいるということが少し救いかもなあ…と思いました。
秋から氏郷展があるとかでわーいきたい!ってなりましたが、多分いけないです…。
城と飯盛山でほとんどだったので、もっとゆっくりいろんなとこいけたら良かったなあと思いました。また行きたい。